「これ、走れるの?」じゃない。
SOLUS GT は、最初から“走るために生まれた”異常なまでに純度の高いマシン。
しかもベースは、ゲームの中にしか存在しなかった“架空のマクラーレン”。
その妄想を、マクラーレン自身が本気で現実に持ち出してきた。ここがまず、ロマンですね。
SOLUS のルーツは「VISION GRAN TURISMO」。つまり“概念”として設計された存在。 だから最初から、デザインも思想も遠慮がない。ヘッドライトの切れ角、フェンダーのボリューム、 そして空気を切り裂くエアロデバイスによるレイヤー…全部が「美しい」より先に「速い」に振り切っているモデルです。
でも、ただ尖ってるだけではない。現実に落とし込むと決めた瞬間から、 その尖りに“機能”が宿る。見た目の攻撃性は、全てがダウンフォースとエアロダイナミクス、そして冷却効果と安定性のため。 つまり SOLUS GT は、造形そのものが走行性能の化身なのです。
まずシートはひとつ。これがすべてを物語る。
SOLUS GT は「誰かを乗せる」ためのクルマではなく、
「自分が走る」ためのクルマ。ステアリングを握るドライバーを中心に、
それ以外のすべてが削ぎ落とされている。
乗り込む所作さえも“儀式”になるようなパッケージング。 視界、着座位置、操作系の配置…どれも「ロードカーの都合」を排除して 「レースカーの正義」を優先している。 移動手段ではなく“究極の体験”である。
SOLUS GT を語るうえでエンジンの存在は外せない。 昨今、効率や電動化、自動運転の波の中で、V10 という選択は“贅沢”を超えて強い“意志”を感じます。 回して、叫んで、背中を押す。人間の感情に直接触れてくるタイプのフィーリングです。
直線の速さだけじゃなく、スロットルの開け方で姿勢が変わる、 ブレーキングでフロントに荷重が乗る瞬間の緊張感、 そしてコーナー出口で解放されるあの瞬間。 SOLUS GT は、その全てを「濃度100%」で出してくれるモデルです。
ライトやナンバーの法規上の都合、歩行者や段差の都合、静粛性や排ガスの都合。
ロードカーには無数の“現実”がある。
SOLUS GT は、そこを最初から背負わない。その代わり、
走りに関係ないものを徹底的に手放して、走りに関係あるものだけを増幅させた。
だから、速いのは当然。むしろ「速くない理由がない」。
そしてこの潔さが、SOLUS GT を“マシン”にしている。
乗り手も選ばれる、乗る時間も場所も選ぶ。
それでもそれを選ぶ価値があると感じさせる圧倒的な説得力。
THE LOT. が惹かれるのは、ただ速いだけのクルマじゃない。
「手にするのは、物語」――SOLUS GT はその言葉に、異常なくらい似合う。
“現実を振り切った理想”を、マクラーレンが本気で作ってしまったハイパーカー、それがSOLUS GTです。